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最高裁判所第一小法廷 昭和43年(オ)1294号 判決 1972年3月02日

上告人 国

訴訟代理人 香川保一 田中治彦 ほか五名

被上告人 渡辺直経

主文

原判決を破棄し、本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

上告指定代理人真鍋薫、同古館清吾各名義および上告代理人田中治彦、同環昌一、同西迪雄の上告理由(一)および(二)について。

原判決(その計用する第一審判決を含む。以下同じ。)は、その確定にかかる事実関係のもとにおいて、被上告人は本件土地および建物が台東簡易裁判所の敷地として利用されると信じたからこそ、これを時価の半額にも満たない五〇〇万円という代金額で上告人に売り渡すことを承諾したものというべく、これが右のような使用目的に供されないとしたならば、決してこのような金額で売り渡さなかつたであろうことは明白であり、上告人側も八杉弁護士を通じて台東簡易裁判所の敷地として使用するからとの理由で極力売却方を頼み込んでいるのであるから、このような事情を考慮するならば、本件土地が台東簡易裁判所の敷地として使用されるものであるとの事実が上告人と被上告人との間で単に表示されていたというにとどまらず、本件売買契約において、暗黙のうちに上告人は被上告人に対して本件土地を台東簡易裁判所の敷地として使用すべき法律上の債務を負つたものと推定するのが相当であり、上告人には右債務につきその責に帰すべき不履行があつたものとして、被上告人のした本件土地および建物についての売買契約解除の効力を認めている。

しかしながら、上告人が右売買契約の締結に際し、被上告人に対して右のような法律上の債務を負担した旨の原審の認定判断には、にわかに首肯しがたいものがある。

思うに、原判決の趣旨とするところは、本件土地および建物の売買契約に付帯して、上告人と被上告人との間に、上告人が本件土地を台東簡易裁判所の敷地として使用すべき旨の土地の利用方法に関する特約が成立したことにより、上告人は被上告人に対して右特約を履行すべき債務を負担したというにあるものと解されるのであるが、本件売買契約の一方の当事者である上告人国が私人との間に売買契約を締結するについては、会計法五〇条の委任に基づく予算決算及び会計令(昭和二二年勅令第一六五号)が適用されるところ、当時の同令六八条(昭和二七年政令第七六号による改正前)には、「各省各庁の長又はその委任を受けた官吏が契約をしようとするときは、契約の目的、履行期限、保証金額、契約違反の場合における保証金の処分、危険の負担その他必要な事項を詳細に記載した契約書を作製しなければならない。」と定められ、契約をしようとする国の職員に対し契約書の作成が義務づけられていたのであつて(この趣旨は現行規定においても異ならない。会計法二九条の八第一項参照)、本件売買契約においても、本件土地および建物のうち、宅地二筆については昭和二六年三月二二日付の、その余の宅地一筆および地上建物については同年四月一九日付の各売買契約書(乙一、二号証)が作成されており、その各契約書には、それぞれ売買の目的物、代金額、代金の支払および所有権移転登記義務の履行に関する定めその他詳細な特約条項が六か条にわたつて定められているにかかわらず、原審認定のような特約に関する定めが存在しないことは、本件記録中の右契約書の記載に照らして明らかである。しかして、原審の認定したような売買の目的たる土地の利用方法に関する特約は、契約の当事者にとつては極めて重要な事項であるから、前記法令の規定に基づき当事者間に契約書が作成された以上、かかる特約の趣旨はその契約書中に記載されるのが通常の事態であつて、これに記載されていなければ、特段の事情のないかぎり、そのような特約は存在しなかつたものと認めるのが経験則であるといわなければならない(なお、上告人は、上告理由(一)において、国と私人間の契約においては、契約書に記載されなかつた事項は契約の内容とはなりえず、法律上の効力を生ずる余地がないというが、かかる見解は当裁判所の採用しないところである。)。この点について、原判決は、前示のように、被上告人としては本件土地が台東簡易裁判所の敷地として利用されると信じたからこそ時価の半額に満たない金額で売り渡すことを承諾したもので、右のような目的に供されないとしたならば、決してこのような金額では売り渡さなかつたであろうことが明白であること、上告人側も右の目的に使用することを理由にして被上告人側に売却方を頼み込んだことを挙げているが、被上告人が本件土地の売渡を承諾するまでの経緯として右のごとき事情があつたとしても、直ちにそれによつて上告人が前示のような法律上の債務を負担するに至るとはいえないばかりでなく、その余の原審の確定にかかる事実関係をもつてしても、本件売買契約により上告人が法律上右の債務を負担するに至つたと解することは困難である。また、原判決は、本件契約の実体は売買と贈与の混合契約であると解することができるとし、上告人が被上告人に対して暗黙のうちに負つた本件土地を台東簡易裁判所の敷地として使用すべき債務は、負担付贈与における負担とみることもできると付加説示しているが、本件契約の実体を売買と贈与との混合契約と解することが問題であるのみならず、かりにそのように解しうるとしても、そのことから当然に上告人において前示のような法律上の債務を負担することとなるものではなく、また、贈与の趣旨を含むとしても、本件土地を前示のような目的に使用することをもつて上告人の負担とする合意が成立したと認めるに十分でないことは、さきに、売買契約に付帯する特約の成否に関し説示したところと同様である。

してみれば、本件土地および建物の売買契約に際し、上告人が被上告人に対し、本件土地の使用につき法律上の債務を負担したものとする原審の認定判断には、契約の成否および解釈に関する経験則の適用に誤りがあり、ひいては審理不尽、理由不備の違法があるものというべきであつて、論旨は結局理由があり、原判決は、その余の論旨につき判断を加えるまでもなく、破棄を免れない。

よつて、前示の点および原審の判断を経ていないその余の被上告人の主張についてさらに審理を尽させるため、民訴法四〇七条に従い、本件を原審に差し戻すこととし、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判官 大隅健一郎 岩田誠 藤林益三 下田武三 岸盛一)

(昭和四三年(オ)第一二九四号 上告人 国)

上告指定代理人真鍋薫、同古館清吾、上告代理人田中治彦、同環昌一、同西迪雄の上告理由

原判決には次のような法令違背、理由不備ないし経験則違背の違法があるから、破棄せられるべきものである。

(一) 原判決には会計関係法規の違背がある。

原判決は、本件契約の効果として、「本件土地が台東簡易裁判

所の敷地として使用されるものであるとの事実が控訴人(被告・上告人)被控訴人(原告・被上告人)間で単に表示されていたというにとどまらず、本件売買契約において、暗黙のうちに控訴人は被控訴人に対して本件土地を台東簡易裁判所の敷地として使用すべき法律上の義務を負つたものと推定するのが相当である。」と判示されている。しかしながら、本件契約に関し、このような「法律上の義務」が発生したと認めることは、明らかに法令の解釈を誤まるものである。

そもそも、国が当事者となる契約の締結については、関係私法規定のほか、さらに会計関係法規が適用されることはいうまでもない。そしてこの契約については、その契約内容を明確にし、後日の紛争を避けるとともに国家に対する不測の損害を未然に防止すること等を目的として、とくにこれを要式行為とし、契約書の作成が契約成立の要件とされているのである。このような立法的配慮は、明治旧会計規則以来現行会計法(第二九条の八)まで一貫して存在しているところであつて、本件契約締結当時といえども、その例外ではなかつた。すなわち、当時の予算決算及び会計令第六八条は「各省各庁の長又はその委任を受けた職員が契約をしようとするときは、契約の目的、履行期限、保証金額、契約違反の場合における保証金の処分、危険の負担その他必要な事項を詳細に記載した契約書を作成しなければならない。」と明定しており、判例も、国と私人間の契約は、契約書が作成されるまで成立しえないことを明言していたのである。(大判大一一・一二・二七民集一巻八四四頁)。そしてこの判例の趣旨は、その後最高裁判所によつて踏襲されているのである(最判昭三五・五・二四民集一四巻七号二五四頁)。同判例は競争入札の方法によつて契約を締結する場合に関するものであるが、この場合と随意契約の場合とを区別すべき根拠は存しない。

したがつて、すべて国と私人間の取引においては、契約書の作成によつてはじめて契約が成立し、かつ契約書の記載内容(ないしその記載から推断されうる内容)どおりの効力が生ずるのであり、仮に右契約書作成の段階までの間にどのような話合や迂余曲折があつたにしても、当事者双方の最終的に合致した意思表示の内容は、右契約書に記載された内容に限られ、これに記載されなかつた事柄は、右意思表示ないし契約の内容とはなりえず、この法律的効力を生ずるに由ないものというべきである(もつともその結果私人が予期に反し、不当な不利益を蒙るような場合には、不法行為にもとずく損害賠償請求の問題等として救済されうる余地はある。)。

そして本件取引においても、右法規に則り、上告人国の支出負担行為担当官たる最高裁判所事務総局経理局主計課長畔上英治と被上告人渡辺直経との間に、本件物件売買のため所定の契約書が作成されているところ、同契約書には、原判決の判示する特約につき、原判決自ら上告人が被上告人に対して「暗黙のうちに」かかる法律上の義務を負担した旨認定していることからも明らかなように、かかる特約が同契約書に記載されていないことはもちろん、同契約書の記載上からもかかる特約の存在したことを全くうかがいえないのである。

されば、原判決が、契約書に記載されていない事柄、すなわち契約書外における合意(この合意も後述するとおり、真実には成立していないのであるが)にもとづいて、判示のような「法律上の義務」の発生を認めたことは明らかに右会計関係法規の解釈適用を誤つた違法があるものというべきである。

(二) 原判決には理由不備または経験則違背の違法がある。原判決は、「被控訴人は本件土地・建物が台東簡易裁判所の敷地として利用されると信じたからこそ、これを時価の半額にも満たない金額で被告に売渡すことを承諾したものというべく、これが右のような使用目的に供されないとしたならば、決してこのような金額で売渡さなかつたであろうことは明白であり、被告側も八杉弁護士を通じて、台東簡易裁判所の敷地として使用するからとの理由で極力売却方を頼み込んでいるのであるから、このような事情を考慮するならば、本件土地が台東簡易裁判所の敷地として使用されるものであるとの事実が控訴人・被控訴人間で単に表示されていた(このことは当事者間に争いがない。)というにとどまらず、本件売買契約において、暗黙のうちに被告は原告に対して本件土地を台東簡易裁判所の敷地として使用すべき法律上の義務を負つたものと推定するのが相当である。」と判示されている。

(イ) しかしながら、売買にあたつて、一般に買主側は売主に対して目的物を必要とする事情すなわち使用目的を説き、強く懇望して売却の意思を決定させるのが通例であるが、かかる場合にすべての買主がその用途に使用しないからといつて当然に債務不履行として解除事由になり、原状回復義務を負うものでないことはいうまでもない。そして、当事者双方もまた買主が交渉の過程で述べた一定の目的に使用を義務づけられるなどと考えて契約することは一般にありえないことであり、買主があえてかかる義務を負担する特約をすることはまことに異例であつて、国有財産法第二九および三〇条の規定の例からも明らかなように、買主の当該目的による使用が特に売主の何らかの重要な目的達成のために必要であるとか、または、買主が当該目的のために使用しないときには、是非とも売主自身において直接にその目的物を回復して使用する必要がある等の特別の事情のある場合に限られ、しかも、かかる場合には、その性質上、売主としては自己の利益を確保するために必ずや契約内容にその明示を求めるのが普通であり、特に国と私人間の契約においては、前叙のとおり契約内容を明らかにし、後日の紛争を避けるために前記会計関係法規にもとづいて「必要な事項を詳細に記載」した契約書の作成を要求されているのであるから、同契約書に明示されていない事柄については、特に契約書に明示しないこととする旨の了解でもうかがわれるのでない限り、容易くかかる特約の成立を認め得べきものではない。

しかるに本件契約については契約書に右特約をうかがわせる何らの記載も存しないし、また、右の特約があることを必然とするほどの特別の事情も認められず、原判決挙示の経過のごときも、それによつて当然に右特約の存在を決定付けるに足りるものではない。前叙のとおり買主側が売主に対して目的物を必要とする事情を説き、強く懇望して売却の意思を決定させるというようなことは、なにも本件に限つて存在する特殊の事情ではなく、むしろ通常の事情であつて、このような場合、一般に売主はそのような経過があつても売却する意思を決定した以上は、特に買戻し等の特段の合意をしないかぎり、当該物件を確定的に買主に譲渡し、また買主はそれを確定的に譲り受け取得する趣旨のもとに両者の合意が成立するのが通常であり、かく解するのが合理的な意思解釈であることはいうまでもない。そして右認定において原判決は、売買金額が低廉であつたということに着目し、これを特に強調している(しかし、売買の金額については、形式上一応時価の半額と目しうるとしても、実質的には多額に上るべき税負担の面において売主に有利な便宜的措置を講ずること等によつて、相当の不利益軽減がなされているし、また、被上告人は本件土地を売却するのと関連して小石川に代地を取得したものであることは、原審において立証されているところであるが、その点はいましばらく措く。)が、仮に売主が、買主において目的物を一定の目的に使用するという事情に鑑みてその代金を減額したとしても、それによる売主の利害は、単に金銭的な関係にとどまるものであり、また他方買主が後日における何らかの事情のために予定どおりの使用ができないことが生じても、それ自体としてやむを得ないことであつて、これを責めうべきものではないのであるから、このような場合に右のような結果が生じさえすれば、それだけで従来の売買の結果を覆滅して、目的物の所有権そのものを売主に復帰させることとなるような趣旨の特約が当然に存しなければならぬ筋合はない。けだし売主が右のごとき結果を不当とし、そのことを慮るときにおいては、そのような場合の合理的解決をはかるために買戻の特約等という周知の解除権留保の手段が厳存するのであるから、その手段によるのが一般であり、その特約をしない以上、売主としてはあくまでも買主を信用して確定的に目的物を買主に譲渡し、単なる後日の見込違いのごときはこれを法律的問題にはしないというのが取引の通常である。ことに土地の買主が国であるような場合においては、その取得が利欲の目的のためになされるものでないことが明白であること及び仮にこれを他に転用するにしても、それもまた当然公的目的のためにするものであるということ、並びに国の支出には制約が多いということ等の事情の考慮から、私人間の取引価格よりも、相当低廉な価格で売買されることが往々にあるとともに、このような場合、売主は後日の国の使用状況の如何を問わず、これを確定的に譲渡するものであることは無数の事例における経験的事実であり、したがつて原判示のように単に代金が低廉であるという事実をもつて右特約の存在を決定付ける事由となしうべきものではない。

(ロ) かように原判決判示の事情はこれによつて当然に判示のごとき上告人国の法律上の義務の発生を認定せしめるに足りるものでないばかりか、さらに次の諸点を考えれば、逆に本件各当事者にかくのごとき特約をする認識のなかつたことが明らかである。

(1)  上告人について先ずこれを言えば、本件支出負担行為担当官には、被上告人に対して本件土地に簡易裁判所を建てる義務を負担する意思は全くなかつた(原判示もその意思を積極的には何ら認めていない)し、またかかる意思を有すべき道理がなかつた。けだし、国が本件土地上に簡易裁判所を新築するということは、次年度以降の国の支出を伴うべき事項に属するから、仮に裁判所がその新築をいかに強く希望していたとしても、それをするためには、必ずあらかじめ国会の議決を経る等所定の手続(財政法第一四条の二、第一四条の三、第一五条参照)を履践しなければこれをなしえないものである。そしてこのことは支出負担行為担当官の常識であるから、本件支出負担行為担当官に、原告に対して右のごとき義務を負担する意思が何らなかつたことは当然である(原判決がこのような会計法規に関する配慮を欠いていることは、たやすく「被告は本件土地に台東簡易裁判所を建設する計画を実行する意思を有しておらず(中略)、その債務の性質上、相当期間内に被告が意思を翻して履行する場合はもはやほとんどあり得ない」と判示するところにもあらわれている。そもそも、何をもつて国の意思として把握するのか不明であるし、さらに右建設に伴つて必要とされる国の会計上の措置を考慮の外においているのである。)。また、国の取引には、前述のごとく所定の契約書の作成が必要であり、契約書に記載のない事項は契約の内容とならないということも支出負担行為担当官の常識であるから、何ら契約書に記載の要求がなくそのため契約書に記載されなかつた右のごとき義務について本件支出負担行為担当官にこれを負担する意思のなかつたことも明白である。もつとも、本件支出負担行為担当官が、その内心の意思のいかんにかかわらず、敢て右のごとき義務を負担する旨の意思を被上告人に対して表示しているような事実があれば、それは格別と言いうるかもしれないが、そのような事実は何ら、原判決の認定にあらわれていないところである。その点に関し、原判決は、八杉弁護士が、本件契約の締結に奔走したとしたうえ、「八杉弁護士の原告に対する前記のような言動は、裁判所側の意思と無関係にその一存でなされたものではなく、被告の意を受けてなされたものである」とし、さらに「被告側も八杉弁護士を通じて台東簡易裁判所の敷地として使用するからとの理由で極力売却方を頼み込んでいる」からということで、上告人が前記のような「法律上の義務」を負担したものと判示しているが、右説示の事実は、単に裁判所側で本件土地が台東簡易裁判所の敷地として必要であるからこれを取得したいという事情を八杉弁護士に述べたということ及び同弁護士がそれを被上告人に話した上、同弁護士として種々説得したというだけのことであつて、これによつては到底本件取引につき権限を有する本件支出負担行為担当官が何人かに対して右のごとき義務を負う意思のあることを具体的に表示したものとは到底言いえないものである。(もしも右原判示の認定が八杉弁護士において被上告人に対し、本件支出負担行為担当官の右意思内容を越えて敢て簡易裁判所の建物を建築する義務を負う意思表示をしたものとする趣旨であるならば、そのためには八杉弁護士のそのような行為の効果がどうして国に帰属することになるのか、その法的権限を明らかにすることが当然必要であるが、原判決にはその点について何らの判示も存せず、いずれにしても理由不備たることを免れない。)

(2)  次に被上告人もまた、上告人が本件土地の使用について解除権を伴うような法律上の義務を負担する意思を表示したものと考えていなかつたものであることは弁論の経過から見て明らかである。被上告人は第一審において、何らかかる特約の債務不履行に基づく契約解除の主張をせず、第一審判決がその主張の範囲を越えて右のごとき義務を認定するに及んではじめてこれを主張に追加したにすぎないのである。

以上述べたように、原判決は判示の右法律上の義務を何らの合理的理由なくして認定したものであつて、その判断は理由不備にあらざれば経験則違反たることを免れない。

(三) 原判決には法律行為の効力の解釈を誤つた違法がある。

仮に上告人が被上告人に対して原判示のごとく本件土地に簡易裁判所を建築し使用することを特約したものとしても、原判決がその不履行の効果として解除権の発生を認めたことは違法である。

土地の売買の際に買主が目的土地を一定の目的で使用することを特約した場合において買主がもともと目的土地を特約にかかる用途に使用する誠意を有せず、ために取引が詐術によるものと認められるようなときにおいては、公平のために、買主の利害はこれを論ぜずして、売主に所有権移転関係の覆滅及び損害賠償請求の権利を認めるのを相当とすることもあるであろうが、それは法律行為の取消の制度であつて、これに反して、かような詐術的要素のない正常の取引の場合においては、たまたま右特約の不履行が生じても、売主が目的土地を回復するのでなければ、その権利を実質的に確保しえないような関係が契約の前提事情となつているのでない限りは、その特約の不履行を理由として直ちに、右取消と同様の効果をもつ契約の解除を認めるということは不当に取引関係の安全を害するものであつて、公平の理想に適合する所以ではない。

しかるに原判決は「控訴人(上告人)が被控訴人(被上告人)に対して暗黙のうちに負つた本件土地を台東簡易裁判所の敷地として使用すべき債務は、負担付贈与における負担とみることができる点からしても本件契約において右のような債務不履行による解除権を認めることが公平に合致すると考えられる」としているが、売主が買主の右特約の不履行の結果、目的土地の所有権自体を自己に回復しなければならぬ特別の必要が何ら認定されていない本件の場合において、右契約の効果の単純なる解釈によつてかかる解除権を認めたことは失当であり、それは何ら公平に合致するものではない。本件のような売主において目的土地を是非とも回復しなければならない事情のない場合、一般に売主はこれより当該土地の所有権を失つた心算で、それが将来復帰することがないのを前提として、その代金による代地取得その他必要な手当をする一方、買主はその金銭的価値を当該土地に代えたことにより最早他に土地手当の必要がなくなつたものとして、その上に安んじて時日を経過するものであるから、売主に右解除権を認め、原代金額より土地の回復をさせるというがごときことは、当事者がその旨の特約をしているのでない限り、著しく公正を欠く結果となることを免れない。

原判決は被上告人が本土地を割安な価額で譲渡した点を強調しているが、それだけの事由で判示のごとき解除権を認めなければならぬ必然的理由はなく、もし右による不利益を救済しなければならぬというのであれば、せいぜい債務不履行に基く損害賠償請求権を認めれば充分であり、かつ、それによつてこそはじめて合理的にして公平な解決を期待することができるのである。

故に原判示の特約の不履行の効果として解除権の発生を認めた原判決には法律行為の効力の解釈について判決に影響を及ぼすこと明らかな違法があるものと言わなければならない。

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